本記事では「動的平衡」という考え方をベースにソフトテニスのラケットスイングや試合戦術について考えます。
動的平衡は生物学の中で使われる言葉です。
「生物とは何か?」という難解な問いに対する重要な方向性を示すのがこの動的平衡というアイディアだと言っていいでしょう。
実はこれが、人間という生物が行うソフトテニスを考える際にも参考にモデルなのです。
ソフトテニスと動的平衡
本稿では「動的平衡」をテーマに、ソフトテニスのラケットスイングや試合展開について考えてみたいと思います。
動的平衡という考え方は上達に必須とは思いませんが、ソフトテニスをより明快に説明できるモデルです。
動的平衡とは何か?
生物の本質は「動的平衡」。
このような考え方を聞いたことがある方もいるかもしれません。
動的平衡とは分子生物学者の福岡伸一博士が提唱している概念で、英語の “Dynamic State” の訳語です。
私たち人間を含めて生き物の体は日々細胞が入れ替わっており、数カ月から数年単位では全てのパーツが更新されています。
つまり「自分」は常に連続していると感じながらも、体のパーツは全て別物と置き換わっているとうことです。
ダイナミックに変わりながら、一つの生物という平衡性を維持する。
ここに「生物を生物たらしめている本質が宿っている」と考えられるのです。
生物は細胞の集まりによって形作られています。
しかし細胞の一つ一つを細かく観察しても、そこに生命現象の仕組みを発見することはできません。
細胞を構成しているのは原子ですが、原子をいくら細かく観察しても生命の謎を解くことはできません。
また、生物の部分と全体は機械のように一対一で対応しているのではありません。
例えばある遺伝子が欠けている生き物がいれば、その遺伝子に関係する機能が失われるはずです。
しかしある遺伝子を持たない個体が健康上なんの問題もなく、また子孫を残す働きにも変化が見られない場合があります。
このような例は生き物の体が一対一で対応しているのではなく、相互に補い合いながら全体としての役割を保っていることを示しています。
生命の本質とスポーツ
「柔らかさ」「可変性」「可塑性」。
このような言葉が生命の働きを説明するときに当てはまります。
一つの状態に固定されるのではなく、柔らかく変化し続けることでダイナミックに平衡性を保つ。
動的平衡が生命の本質であるとすれば、人間の体もまたこの仕組みによって成り立っていると考えられます。
植物の細胞は外側が固い細胞壁に囲まれていますが、人間の体は柔らかい細胞膜に包まれています。
そして人の体細胞は絶えず入れ替わりながら、それぞれの機能が相互に補い合う可塑性を備えています。
柔らかくダイナミックに変化し続けることによって保たれている人間の体。
スポーツのパフォーマンスを考えるときに、私たち人間が持って生まれた体の性質はベースとして常に関係しています。
・生物の本質は「動的平衡」。常に変わり続けることで、一定の状態を保っている
・人間の細胞は全て入れ替わりながらも同じ自分としての同一性を保っている
・柔らかく流動的であることが生物の体の本来の在り方
参考:ソフトテニスの「進化論」!生物の仕組みを活かした上達法とは?
参考:試合で別格の強さを誇る「ソフトテニス・ネイティブ」になる練習法!
『動的平衡』はソフトテニスの理想的なモデル
ここからはソフトテニスの練習を動的平衡の視点から見ていきましょう。
ソフトテニスのラケットスイングは動的平衡
生命は動的平衡、常に動き続けることで同じ状態を保っています。
ソフトテニスにおけるラケットのスイングは動的平衡の状態にあります。
ポイントは以下の3点。
・変わり続けることで平衡性を保つ
・個々のパーツではなく一連の「流れ」が大切
・変化を受容する「柔らかさ」にこそ強さが宿る
ラケットスイングは柔軟に変わることによって安定性と平衡性を保っています。
また個々の「パーツ(部分)」としてではなく全体の「流れ」として捉える点も生命現象の場合と全く同じです。
ラケットスイングは「テイクバック→フォワードスイング→インパクト→フォロースルー」とパーツごとに切り分けることが多いですが、これでは重要な部分が抜け落ちてしまいます。
生物を細胞や分子レベルにまで細分化しても生命現象が説明できないことは先述した通りです。
生命の働きと同じように、ソフトテニスのスイングは全体のスムーズな流れが保たれていることが大切です。
ソフトテニス上級者はスイングの動作が一定で、ボールも安定しているように感じられます。
しかし実際には上級者のラケットスイングは毎回変わります。
ボールの動きが毎回変わるからです。
ソフトテニスで正確なショットを打つためには、ボールに合ったスイングが求められます。
毎回変わるボールに合わせるということは、スイングも毎回変えなければならないということです。
「一定のリズムで、同じフォーム」。
一見このようなプレーが正確なショットに繋がるように思われがちですが、実際には違います。
ソフトテニスのラケットスイングは動的平衡。常に変わり続けることによって、安定したショットが実現されています。
スイングの本質は柔らかな可変性
スイングは変わり続けることでショットの安定性が保たれる動的平衡でなくてはなりません。
動的平衡のプレー感覚を掴むには「柔らかさ」「可変性」という言葉が良いでしょう。
固まって同じ状態を保とうとするのではなく、脱力して状況の変化にゆるやかに対応できる状態です。
毎回同じフォームでスイングすることは、変化を受け入れられない固さを持ったものだと言えます。
固まているプレーには、目の前にあるボールに対して「自分の動きを変化させて合わせる」という柔らかさがありません。
ボールに合ったスイングでショットをコントロールするためには、自分の側に柔らかさが必要です。
突然ですが、働きアリの中に「働いていない個体が1~2割程度いる」という話を聞いたことがありませんか?
アリの群れを見ると一見全ての個体が忙しく働いているように見えますが、よく観察すると「忙しいフリをしているアリ」がいるそうです。
あるアリが働くか働かないかは、生まれつき決まっている訳ではありません。
集団を作った時に一定の割合で余裕としての「遊び」を持たせる特徴が、アリという種の中で保たれているのです。
これは生存戦略としても有利で、外敵に襲われた際には手が空いている個体が遊軍としての役割を担います。
全員が同じことをしていると絶滅のリスクがあるため、常に「遊び」「柔軟さ」を備えていることが生物の生き抜く力でもあるわけです。
柔らかさを受け入れるマインド
ここからはソフトテニスで柔軟なスイングを行うための具体的な方法を確認しましょう。
まずはマインドを変えること、つまり考え方から考えていきましょう。
「スイングは毎回同じフォームが理想だ」という考え方を持っている場合は、そこから一度離れてみてください。
人間の体に対して、脳は司令塔のような役割を担っています。
つまりマインドが変われば現実の行動も変わります。
例えば学校や就職の進路選択はマインドの働きによって行動が引き起こされています。
・「○○大学が良い」
・「○○に就職すれば安定」
これらの価値観は、現実の自分の体験ではなく外部からの情報に頼ったものです。
外部からの情報も必要ですが、そこに囚われてしまっては自由な選択肢が失われます。
受け取った情報が本人にとっていいかどうか、高い視点から考えてみることが大切です。
ソフトテニスのスイングについてもマインドを変えてみましょう。
「ボールは毎回変わり、スイングも毎回変わる柔らかな可変性が必要」
このようなマインドを受け入れるだけでも、ボールを打つのがグッと楽になると思います。
テークバックやフォロースルーの形を考えるほどに、スイングは複雑で難しいものになります。
柔らかさを備えたスイング
実際にスイングに柔らかさを持たせるためにはどうすれば良いのでしょうか?
ポイントは以下の2つです。
・脱力
・ノーフォーム
生命現象を考えた時、その本質は物質(形)ではなく流れ(機能)にこそありました。
ソフトテニスのスイングも、本質はフォームではなく流れ。ボールを打つという機能面にこそあります。
そこで「ノーフォーム」を基本としたスイングをお薦めしたいと思います。
フォームを一つ一つ意識するのではなく、体の自然な動作に任せてラケットを振ってみてください。
グリップの握り方や、フォアハンド、バックハンドなどの基本的な説明は必要だとしても、スイングの細かな形については自然な体の動きに任せる方が上手くいくでしょう。
体全体が連動し、スイングが一つの流れとしてスムーズに行われることが大切です。
そして脱力。力を抜いてスイングを行います。
スイングを細かく分けるのではなく、一つの流れとして行います。
全身がスムーズに連動したスイングを行うためには、不要な力を抜いておくことが大切です。
体に余計な力が入っていると、自然なスイングの流れを妨げてしまいます。
力を抜くためにお薦めなのが「呼吸」です。
リラックスするための呼吸法は「ゆっくりと息を吐きながら、全身の力を抜く」方法です。
インプレー中に呼吸を意識するのは大変ですから、ボールを打たない合間の時間に力を抜いてみてください。
無駄な力が抜けている状態に慣れると、その状態から力を入れることができ、シャープなスイングができるようになります。
力が抜けると自然に全身が連動したスムーズなスイングを行うことができるでしょう。
私はこれこそが正しいフォームの在り方だと思うのです。
体を柔らかくゆるめて自然な動きに任せて打つことで、結果として正しい=効率的なフォームになっています。
・ソフトテニスのスイングは「動的平衡」
・毎回変わるボールに合わせてスイングが変わり続けることで安定性が保たれる
・プレーの本質は細かく分けることではなく全体の流れにある
参考:【ソフトテニス】バックハンドは「体の邪魔をするのをやめる」と上手くなる!
参考:【ソフトテニス×脳科学】「フォーム無視」は「ブロークン・テニス」ではない!?
ソフトテニスの試合に見る動的平衡
前章では、ソフトテニスのスイングを動的平衡の視点で捉えました。
本章では試合展開について動的平衡をモデルに考えてみましょう。
ソフトテニスの試合展開は、プレーヤーがダイナミックにポジションを移動することで陣形を保つ動的平衡にあります。
ダブルスの試合における動的平衡
ソフトテニスの試合はシングルスよりもダブルスを重視する傾向があるように思われます。
そこでまずは、ダブルスでの試合戦術について「動的平衡」のモデルを用いて考えてみましょう。
ダブルスで重要な要素の一つには「陣形」があります。
今のところ主要な陣形は以下の3つです。
・雁行陣:前衛・後衛に分かれてプレーする陣形
・ダブル後衛:プレーヤーが2人ともベースライン付近でプレーする陣形
・ダブル前衛:プレーヤーが2人ともサービスライン付近まで前に出てプレーする陣形
ソフトテニスはボールを打ち合う競技で、プレーヤーのポジションの基本は「コートカバー」にあります。
つまり、ペアでコート内に飛んでくるボールが取れるように動くのがポジションです。
そこで働いている仕組みが動的平衡です。
試合戦術における動的平衡とは「プレーヤーは動くことによって陣形を保っている」ということ。
上記の3つの陣形のいずれも、ペアが動くとその穴(スペース)を埋めるために、もう片方のプレーヤーが動きます。
ダブルスで最も一般的な「雁行陣」で考えてみましょう。
雁行陣では、相手選手に前衛の上を越すロブを打たれた場合に、後衛が走ってカバーします。
ペアの後衛が移動している場合、前衛はポジションを調節します。
つまり動くことによって陣形の平衡性を保っているのです。
プレー中に動的平衡の理論を考える必要はなくむしろ意識すると反応が遅れてしまいます。
しかし試合戦術を整然と理解しておくことは現実のプレーをシンプルにし、パフォーマンス向上に繋がることでしょう。
シングルスの試合における動的平衡
ダブルスと同様シングルスの試合についても動的平衡の働きが見られます。
ソフトテニスでポジションと言うと「前衛」のポジションを連想しますが、後衛やシングルスにもポジションはあります。
シングルスのポジションは「相手がボールを打つポイントと対角線の位置に立つこと」です。
相手が打つボールは自分が打ったコースによって変わります。
その意味では「自分が打ったボールと対角線の位置に立つ」と考えても良いでしょう。
対角線の位置に立つのは、相手プレーヤーの打点によってボールの角度が変わるからです。
シングルスは一人でコートカバーをしますから、センターマーク上に立つと思うかもしれません。
センターマークは一つの基準にはなりますが、実際には「動くことでニュートラルなポジションを維持する」ことになります。
変わることでポジションを維持する。
これがシングルスの試合で見られる動的平衡の働きです。
もちろん、試合中に見られる動的平衡はポジションだけではありません。
サーブやストロークなどのショットが毎回調整されることで安定することは前述の通りです。
・ソフトテニスの試合展開は変わり続けることでラリーを安定させる「動的平衡」
・ポジションを移動する=陣形を崩すことで陣形が保たれる
・個体としても集団としても柔らかな流動性が生命の力を生む
参考:【ソフトテニス】前衛のポジションを「脳にインストール」する方法!
参考:【ソフトテニス】脳が自動で戦術を学ぶ!?試合巧者になるプロセス!
まとめ
●生物は常に変わりながら一定の状態を保つ「動的平衡」の性質を持つ
●ソフトテニスのショットはボールに合わせたスイングによって正確にコントロールされる
●高度なショットは毎回変わるボールを毎回違うラケットスイングで対応する動的平衡の状態
●試合においてもプレーヤーは動くことによって陣形を保つ動的平衡の働きが見られる